デス・オーバチュア
第156話「ジャスティスセーバー」




「ただいま戻りました、姫様」
イヴは至高天の内部に出現するなり、己が主に跪いた。
「遅いわよ、イヴ! まったくもう、シンは恥ずかしがって一緒に入ってくれないし……自分で体を洗うはめになっちゃったじゃない!」
「それは、大変申し訳ありませんでした」
リューディアの理不尽というか我が儘な物言いに、イヴは涼しげな、嬉しそうにも見える微笑で応じる。
「ああ、もう、叱られて嬉しそうにしないでよね……」
「申し訳ありません」
イヴは微笑を深めながら、さらに謝罪した。
「……もういいわよ、それより……」
「はい、心得ています。オッドアイ様が敗れたのですね」
「ええ、そうよ、だから……」
「アレを使われるのですね」
「話が早くて助かるわ。じゃあ、行くわよ〜」
裸にガウンを一枚羽織っただけの姿だったリューディアは、リボンタイのついた白いブラウス、黒いミニスカート、黒いニーソックスといった手品をする時の衣装に瞬着(一瞬で着替え)すると、通路を歩き出す。
「まあ、オッドアイ抜きでも一発ぐらいなら貯蓄分で撃てるでしょう……多分……」
「…………」
イヴは無言で、リューディアの三歩後ろを影のように付き従っていった。



「ルー!」
「……」
ルーファスとタナトスの元に、フィノーラとゼノンが姿を現した。
「ほう、まさか至高天を地上で見るとは夢にも思わなかった」
「厄介なモノを持ち出してくれたものですね、オッドアイも……」
フィノーラ達がルーファス達に話しかけるよりも早く、ミッドナイトとセリュール・ルーツが姿を見せる。
新旧合わせて、四人の魔王が地上の……それも一カ所に集結した。
「たくっ、ゾロゾロと……オッドアイの奴を吹き飛ばすのがもう少し遅かったら、魔王四匹勢揃い+旧一匹かよ……」
現存する魔王全員集合……これで、魔王に匹敵する存在であるDとランチェスタまで姿を現したら、さらに完璧である。
「次期にさらに人が増えると思いますよ。息のある者は全員拾っておきましたから……」
「人形共とその他か……ちっ、余計なことを……ほら、タナトスこれ以上余計なのが増える前に、さっさと帰ろう」
「待て、人形というのは、アンベル達のことだろう? 置いていってどうする!?」
「ああ、アンベルか……あはは……」
「むぅ?」
ルーファスは初めて、少しだけ困ったような表情を浮かべた。
アンベルはファージアスに『お持ち帰り』されている、それ自体はルーファスにとっては全然問題ない、寧ろ邪魔者が居なくなって喜ばしいとも言えることなのだが、問題はそれをどうタナトスに説明するかである。
『……見殺しにしたのか!?』
といったセリフと共に物凄く冷たい目……あるいは怒りに満ちた目を自分に向けるに違いなかった。
「悪の巣窟はここですか!?」
ルーファスの思索を消し飛ばすかのように、まったく聞き覚えのない男の声が響く。
「……ああ?」
「感じます、悪の波動! 魔の気配! 何と言うことでしょう、街が……惨すぎる……」
何故か不快感を感じずにいられない、凛々しく爽やかな声で、見覚えのない青年が苦悩していた。
「…………」
タナトスは、その青年のあまりの姿に言葉を失っている。
爆発の中心地に居ましたといった感じの煤汚れた全身、血で真っ赤に染まった後頭部、車輪の跡がついている背中……にも関わらず青年は何のダメージもないかのようにしっかりとしているというか、余裕すら感じられる雰囲気を醸し出しているのだ。
「う?……何この感じ……?」
青年に視線を向けたフィノーラが、全身に鳥肌でも立ったのかように震える。
「魔物めっ! 絶対に許しません!」
青年……セイルロットは決意を新たにするかのように、強く拳を握りしめた。
「ふむ、これは……」
「珍しいモノに出会いましたね……」
ミッドナイトとセルは、珍獣か何かを見るような目で、セイルロットを凝視している。
「……ふん」
ゼノンは一瞬だけセイルロットに視線を向けた後、興味を無くしたように視線を空の上の至高天に戻した。
「たく、魔王が地上に集うだけでも異常だってのに……いや、だからこそ、こんなのが引き寄せられてくるのか……?」
ルーファスは面倒臭そうな、かったるそうな表情で呟く。
「皆さん、ここは危険です! あの天空に浮かぶ城こそ、恐らく邪悪な魔物達の本拠地! さあ、早く避難してください!」
セイルロットは、この場に居る全員に避難を命じた。
「…………」
魔皇と魔王達は顔を見合わせる。
「くっ……くっくっ……」
「ふっ……わ、笑ってはいけませんよ、吸血王……」
先代と現代の南の魔王は必死に笑いを堪えていた。
「……馬鹿?」
「…………」
フィノーラは言葉通り、信じられない馬鹿を見るような目でセイルロットを見つめ、ゼノンは我関せずといった感じで至高天を見上げている。
「……本気で気づいていないのか……?」
タナトスは信じられんといった表情を浮かべていた。
確かに、魔王達は力を殆ど使い果たしていたり、抑えていたりするが、それでも『人間ではない』ということは、彼女達の放つ力や身に纏う雰囲気の質で簡単に解るはずである。
一般人ならまだしも、騎士や剣士ならなおさら彼女達の正体を感じとれないはずがなかった。
「よし! じゃあ、聖騎士様のお言葉に甘えて引き上げようか、タナトス」
ルーファスはチャンスとばかりに、タナトスだけを連れてこの場から離れようとする。
「いや、だから、待て、ルーファス……」
繋いだ手を引っ張るルーファスに、タナトスは抗った。
「……どうでもいいが、この街……国はもうすぐ跡形もなく消し飛ぶぞ」
空に浮かぶ至高天を見上げていたゼノンが何でもないことのように呟く。
「ああん?」
ルーファスは視線を空の彼方の至高天に向けた。
「……下に向けられる魔導砲を全門……ほう、主砲まで撃つつもりらしいな」
よく見ると、至高天のあちらこちらに小さな点灯のような輝きが見える。
「ちっ、リューディアか!」
ルーファスは、誰の仕業か、何をしようとしているのか、全てを瞬時に察した。
「ルーファス? どういうことだ?」
「うむ、あの城は不落の要塞であり……最強の宇宙戦艦(うちゅうせんかん)のようなもじゃからな。針鼠のように魔導砲がそこらじゅうに設置されておるのじゃ」
ルーファスの代わりに、背後から聞こえてきた女の声が答える。
「……宇宙戦艦?」
タナトスは理解できない単語に疑問符を浮かべながら、声のした方を振り返った。
「猫耳?……メイド……さん?」
疑問の内容が、目の前の存在の姿のことに移る。
疑問と言うより不審だった。
「儂のことはどうでもよい! 気にするでない!」
「よう、久しぶりだな。俺のこと覚えているか?」
猫耳メイド幼女の背後の青年が軽い感じで挨拶してくる。
「お前は……確か……?」
「顔を会わせたことはあったよな? 名乗ったかどうかは覚えちゃいないが……」
「……ファントムの?」
「ラッセルだ、ラッセル・ハイエンド。あんたが闘ったファントム総帥アクセルの双子の弟だよ」
金髪に碧眼の青年ラッセルは、背後に停車させている見たこともない乗り物に背中を預けていた。
「で、あたし、イノセントドーン(無垢なる黎明)こと、ネメシスの旦那様なわけよ」
乗り物に鎖で縛り付けられていた赤い剣が、弾けるように一瞬で、深紅の少女に変化する。
「バイオレントドーン(凶暴なる黎明)……」
「誰が旦那だ、誰が……」
「西方風に言うならダーリン? そっちの方がいい、ダーリン〜?」
「旦那以上にやめろ……殺すぞ」
「……あはは、冗談だよ、旦那旦那〜♪」
ラッセルに本気で殺気の籠もった眼差しを向けられたネメシスは、笑って誤魔化した。
「……ネメシス……なの?」
新たに生まれる少女の声。
「え?……あ、スカーレット!? あはは、久しぶりね〜♪」
「……ええ、久しぶりなの……」
スカーレット、それにアズラインとメディアがこちらに向かって歩いてきていた。
「これで全部か? これ以上は増えないだろうな? あん?」
ルーファスは、新たに現れた人形達に、うざったそうな眼差しを向ける。
「そうね、後はドールマスターと四枚の悪魔と闇の姫君と電光の覇王……てところかしらね?」
「また増えやがった……」
「ディス!?」
うんざりとした表情を浮かべるルーファスの横で、タナトスが驚きの声を上げた。
「久しぶりね、タナトス。もっとも、あたしの方の再会は、あなたが気を失っている間に済んでいるのだけどね……」
ディスティーニ・スクルズことネヴァンは苦笑を浮かべる。
「えっ?」
「フフフッ……ああ、そういえば、後、時と大地とメイ……」
「ここか……祭の場所は……んっ……」
白髪に蒼穹の瞳の人形師……リーヴ・ガルディアが眠そうな顔で、舞姫と共に姿を現した。
「んっ……五月蠅すぎて眠れやしない……」
立ったまま瞳を閉じたかと思うと、そのまま横に倒れ込みそうになるリーヴを、隣の舞姫が辛うじて受け止めて支える。
「申し訳ありません、リーヴ様。お役に立てなくて……」
「……んっ……気にするな。魔王、十三騎……人外の化け物のオンパレード(総出演)だ……お前で抑えられる相手ではあるまい……」
「眠そうだな、リーヴ?」
「ああ、こっちは徹夜したばかりなんだ……もう少し静かに騒いで貰えないか?」
リーヴは今にも閉ざされそうな細目でルーファスを見た。
「誤解するな、今回ホワイトで騒いでいた主犯は俺じゃない。ここに居る魔王達や、お前のところの十三騎共だよ」
「主犯でなくとも原因ではあるのだろう……?」
そう言いながらリーヴは視線をルーファスから隣のタナトスに移す。
「う? 私が原因なのか……?」
視線の意味に気づいたタナトスは、かなり心外な気分だった。
「おや、貴方は確か……人形店の?」
セイルロットがリーヴに声をかける。
「ああ、ホワイトの王子様か……」
リーヴは王族に対する態度とは思えない素っ気なさで応じた。
「お久しぶりですね、以前はお世話に……いえ、そうではなく、ここは危険です! 早く離れてください! 貴方達も早く! ここは私に任せて!」
「フフフッ、そうね、じゃあ、タナトス、こっちにい……」
『星界門(スターゲート)!』
ネヴァンの声を遮るように、天から声が響く。
「奔星散華(メテオスパーク)!」
星空に描き換えられた天から、無数の流星が至高天に降りそそいだ。
しかし、至高天は巨大な透明な光の膜に包まれ、流星の雨にあっさりと耐えきる。
「……ほう、あの巨体で『バリア』を張りますか……」
錫杖の鳴る音が響くと同時に、星空が元の空へと戻った。
「当たり前だ、至高天を舐めるな。誰の城だと思っている?」
ルーファスの視線の先に、禍々しい灰色の鎧とマントを纏った灰色金髪(アッシュブロンド)の髪の幼い少女、ウルド・ウルズが立っている。
「……ていうか、よくもぬけぬけと俺の前に姿を現せたものだな、お前ら……」
ルーファスは呆れたように呟いた。
「ふっふっふっ……過去のことは全て水に流そうじゃないか……」
全裸の上に血のように赤い色のコートを前開きで着込んだ女性、カード・ヴェルザンディことマハは片手に持った骸骨を見つめながら、モリガンの背後に最初から居たかのように佇んでいる。
彼女の周囲には、彼女を慕うように無数の死霊、亡霊が取り巻いていた。
「……あくまでそこの魔王との契約に基づいての行動……仕事だったんだよ……ふっふっふっ、それにしても生きの良い死霊に溢れているね……」
死霊達はマハの掌の上の骸骨に吸い込まれるように消えていく。
「……後金代わりに全ていただかせてもらうよ……」
マハは、死霊を全て吸い尽くし終えると、骸骨に接吻した。
「ちょっと、鴉、あなたね……」
「何か? 光の皇の足止め……仕事は完璧以上に果たしたはずだよ……」
「うっ……」
マハは、フィノーラに最後まで発言させない。
「君が目的を達成できたか、できなかったか、それは君の問題であって……私の仕事の正否の範疇じゃない……寧ろ、受けた損害、消耗を考えると割に合わない仕事だった……と思っていたんだけど、今の後金でよしとしておくよ」
「つっ……あなた、嫌な奴ね、鴉……」
フィノーラは口惜しげだったが、反論することができず黙り込んだ。
「ん?」
夜が明けていく。
空を影で埋め尽くしていた至高天が動き出したのだ。
「撤退する……のか?」
至高天は、ホワイトの上空からゆっくりと遠ざかっていく。
「いや、違うね。真下に向かっての斉射じゃ威力がありすぎて、何もかも跡形もなく消し飛ばしてしまう……だから、距離をとって、地表だけを焼き払うような角度で撃つつもりなんだよ。リューディアは、人間や人間の国はいらないが、地上自体……『土地』だけは欲しい奴だからな」
タナトスの甘い考えをルーファスは即座に否定した。
「……土地は欲しい? どういう意味だ?」
「前から、避暑地というか、別荘として地上が欲しいみたいなこと言ってたんだよ、あいつは……」
「避暑地だと!? ふざけるなっ!」
タナトスは憤慨する。
「リューディアとかいったか……いったい、あれは地上を、人間をなんだと思っている!?」
「さあな、多分……地上は避暑地候補、人間は邪魔な先住民ってところかな?」
「ぐっ……なんて身勝手な……」
「まあ、魔族なんてそんなもんだよ。地上は遊び場、人間は玩具……」
「ルーファス!」
タナトスはルーファスを睨みつけた。
「はいはい、黙るよ。でも、オッドアイにしろ、リューディアにしても変わり者だよ。地上を滅ぼそうとか、手に入れようとか、本来下等な魔族しかしようとしないことをやろうとしているんだからね」
「……そんなことはどうでもいい……とにかく……」
「とにかく、もうすぐ斉射されるぞ」
ゼノンがさらりと言う。
「あの〜、よく話が解らないのですが……」
「一言で言うと、あの巨大な城が、ホワイトに向けて大砲を斉射するってことだよ。ホワイトを余裕で跡形もなく消し去れる威力のな」
「むぅ……?」
タナトスには予想外なことに、ルーファスがセイルロットの疑問に答えた。
他人、特に男にはどこまでも冷たいというか、傲慢な彼らしくない親切さである。
「なんですって!? それは大変じゃないですか!」
「大変だよね。だから、なんとかしてくれないかな〜、神聖騎士(ホーリーナイト)様?」
「解りました! ここは私に任せて、早く皆さんは避難してください!」
「うん、そうせてもらうよ。はい、タナトス、行こうね。神聖騎士様の邪魔をしちゃいけないよ」
「邪魔って……おい……」
「ホワイトは私が守ってみせる!」
セイルロットはこの場にいる全員の前に進み出ると、袖口から黄金の鳥の彫像を取り出した。
「最後の忠告です。皆さん、下がってください、巻き添えにあいたくなければ……」
セイルロットは黄金の鳥の彫刻を両手で握り直す。
「デュランダル!」
黄金の鳥から白い聖光が噴き出した。
聖光は剣の刃の形で安定する。
白く光り輝く聖剣……鳥の彫刻は、剣の柄と鍔だった。
「できることならこれは使いたくありませんでした……」
セイルロットは聖剣をゆっくりと上段に振りかぶる。
「デュランダル(不折の剣)よ! 我が命を喰らい神の剣と化せ! セイクリッドォォォセイバァァァッー!」
聖光が爆発的に噴き出し、天を貫く巨大な刃と化した。
「……でかすぎるにも程がある……」
タナトスは唖然とした表情で天を貫く白い聖光の刃を見上げる。
聖光の刃は文字通り天を貫いていて、剣先が見えなかった。
そんな馬鹿げたサイズの巨大過ぎる聖光の刃をセイルロットは一人で軽々と持ち上げているのである。
「滅せよ、悪の居城っ! ジャスティスセーバー(正義大切断)!!!」
セイルロットは迷わず巨大聖剣を振り下ろす……巨大聖剣はバリアごと至高天を真っ二つに両断した。






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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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